野球少年物語

野球をもっと好きになる。一生懸命頑張る野球少年の物語

市民大会第一回戦

今日は物凄く暑かった。
そしてものすごく風が強かった。
ちょっと大袈裟かもしれないけど台風並み。

今日は市民大会第一回戦がありました。
試合は午後からだったので午前中は練習しました。
とはいえ、高学年Aチームが練習試合をしており、
また低学年も練習しており、
その空いたスペースで練習しました。
あまり練習はできませんでしたが、
アップする程度にはできたと思います。

試合は川沿いのグランド。
暑い。
日陰がない。
風が強い。
砂埃がすごい。
最高のグランドコンディションでした(笑)

低学年大会が終わり、
4、5年生でチームを組み、
7月下旬から始まる新人戦に向けて
急ピッチでチームを作っているのですが、
今までレギュラーだった4年生もレギュラー争いをすることになります。

息子は6番サードで先発した。
たまたま先発で出れました。
毎日努力してなんとかレギュラーになって
新人戦を戦いたいと思います。
仮にベンチスタートでも
いつでも交代で出られるように準備しておくことが大切です。
ベンチの仕事をしっかりやらせたい。
コーチャーの仕事もです。

ヒット一本で一塁からホームインした「伝説の走塁」をご存じだろうか。
1987年の日本シリーズ、西武対巨人での話です。
三塁コーチャーは伊原コーチ。
一塁ランナーは辻(現埼玉西武ライオンズ監督)。
バッターは秋山(翔吾じゃない幸二の方)がレフト前ヒットを打つ。
この場合、一塁、三塁になるケースですが、
三塁コーチャーの伊原コーチはクロマティの返球の緩慢さを見抜いており、
腕をぐるぐる回して辻をホームへ突入させて、結果セーフ。
それが決勝点になり勝利します。
これがコーチャー仕事ですよ。
これぐらいコーチャーは重要。
息子にはうるさいぐらいコーチャーについて指導してます。

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一打席目は初球を振りぬいてレフト前ヒット。
ちゃんと初球からバットが振れたのがよかった。
足が遅いのでレフトゴロになるかと思いました(笑)

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二打席目は四球。
そのあと、前日の練習でやったディレイドスチールを試合で決めました。
監督に褒められてましたが、
そのあと、パスボールでホームに突入できなかったりと消極的なところを叱られた(笑)
まぁ、ちゃんと教えてもらったことができてよかった。

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守備はいいところを見せることができませんでした。
三遊間のゴロにグラブが届かず、グラブの先をはじかれてレフト前。
逆転され大量点を取られた回だったので悔やまれる守備です。

結局、逆転されて負けました。
息子は自分の守備に不満だったらしく、
試合後、すぐに私のところに来て「あとでノックして」と言いました。
チームはホームに戻って解散。

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16時30分に帰宅してから、約束通り自主練。
旭が丘中央公園に向かいました。
すると柄の悪い、じゃないチームのOB(中学生)の子たちが遊びの野球やってました。
そのわきで新しいミットでキャッチボール(芯で当てて落とす)と
内野ノックをひたすらやりました。
100本以上のノックをやったと思います。
一時間近くノックしてましたから。
もう止めようって息子は言わないんですね。
私も息子が止めようっていうまではやります。

しばらくノックをしていたら隣の学校の同じ緑のユニフォームのチーム(回りくどい…)の子がグランドに来ました。
チームの練習帰りだったのでしょうか。
お父さんコーチかな?
私たちと同じく二人で守備練習をし始めました。
私たちも負けられません。
みんなやってるんだよ。
チームの練習だけじゃ足りない。
それ以上の努力をしないとレギュラーなんかにはなれない。
ましてや試合で勝てません。

がんばろう。
俺の右腕は手術が必要なぐらい重症らしい。
市内の整骨院に通いなおしたら、そういわれた。
右で投げられないなら左で投げる。
右は下投げしかできないけどノックは打てる。

もう18時過ぎたので帰りました。
両腕は真っ赤。
暑い一日でした。